― プラス思考でも、勇気があるわけでもない。ただ…… ―
「川治先生は、メンタルが強い。プラス思考ですよね」
「運にあやかりたい」
半分はリップサービスでしょうが、最近の面談で、そんなことを言っていただくことがあった。
(約半年間、通ってくださる方からの言葉なので、ありがたく受け取っています)
でも、本当の自分は少し違う。
運はいいと思うが、私はプラス思考の人間ではない。我慢強い方だとは思うが、腹は立ちやすい。
「あのとき、こうだったら」と思うことも多い。忘れられない人もいる。忘れたくないこともある。
全部を水に流して「過去は善。あれも人生のいい経験でした」
なんて笑えるほど、私は立派な人間でもない。
昨日まで大切だった人が、今日から突然「どうでもいい人」になるわけでもない。
要するに、引きずるタイプなのである。
それでも、朝が来る。
ここ数年、ニュースを遮断し、できるだけ「自分で変えられること」に集中するようにしている。
無駄なことを考え込まないためにも、目標を立て、自分の勉強をする。
夕方になれば「先生、ここ、何回考えても分かりません」と言われれば、教える。
その子たちが「成績が上がった」と報告してくれれば、うれしい。
思うような結果が出なければ「では、次どうする」と一緒に考える。
そうしているうちに一日が終わり、また次の日が来る。
一日が、ほぼその繰り返しである。
だから「今日もポジティブに頑張ろう」なんて思って生きているわけではない。
前を向けない日にも、やるべきことをやる。ただ、それだけである。
若い頃、自分を動かしてきたものの一つは、怒りだった。
無能な権力者や上層部に対して「せめて自分の周りの世界は豊かにしたい」「黙って結果を見てろ」そんな思いがあった。
世の中すべてを変えようなんて思わない。自分の力が届く範囲で、結果を出せばいい。
たぶん、今もその気持ちは残っている。
だから、縁ある方々と将来を描け、K-NEXTをもっと面白い場所にする。
この先の厳しい時代も、自分たちの力で稼ぐ。
若い世代につながる新しいサービスを残す。
そして、言葉で何かを証明するより、設定した結果を出した方が早い。
やはり、私はそういう人間なのだと思う。
若い頃は、強い人間になりたいと思っていた。
特に石原慎太郎という政治家に憧れた。
己の言葉で語り、その言葉に責任を持つ。だから、強い。
そんな男が格好いいと思っていた。背伸びして、物真似をしたこともあった。
でも今は、少し違う。
強い人間になることより、自分の弱さをごまかさずに生きることの方が、難しいのかもしれない。
人は、過去を全部きれいに片づけてから、次へ進むものではないのだろう。
無理に忘れようとも思わない。失敗から立ち直ったふりもしない。
その代わり――自分で選んだことは、やり抜く。そして、結果だけは出す。
今は、それでいいと思っている。
人間万事塞翁が馬。昔から好きな言葉である。
何が幸せで、何が不幸なのか。
そんなことは、その瞬間には分からない。
それは、頭では理解している。
それでも、失ったものは戻ってこない。
すべてが「良い思い出」になったと、きれいに片づけることもできない。
ただ――あの出会いが、自分の人生にとって最終的に何だったのか。
それは、まだ決まっていない。
「天命を知る」という年齢になっているが、私にはまだ人生の答えなんて分からない。
最後まで答えが出ないことだって、あるのだろう。
それでもいい。
過去を肯定しなくてもいい。
立ち直ったことにしなくてもいい。
忘れなくてもいい。
ただ、続きをやる。
そして、自分なりの結果を残して勝つ。
その先で、過去の意味が変わるかもしれない。
変わらないままかもしれない。
未来の準備をしていく。自分はまだ、途中にいるだけなのでしょう。